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最高裁判所大法廷 昭和44年(し)22号 決定 1969年10月01日

申立人

井上佳勇

右の者に対する職業安定法違反、横領被告事件について、

昭和四四年三月一三日大阪高等裁判所がした「上訴権回復請求棄却決定に対する異議申立棄却決定」に対し、

右申立人から特別抗告の申立があつたので、当裁判所は次のとおり決定する。

主文

原決定ならびに大阪高等裁判所が昭和四四年一月九日した上訴権回復請求棄却決定は、いずれもこれを取り消す。

申立人の上訴権回復の請求を許容する。

理由

本件抗告申立の理由は末尾添付書面記載のとおりである。

所論のうち、憲法三一条、三二条違反を主張する点は、実質は単なる法令違反の主張であり、判例違反を主張する点は、引用の判例は本件と事案を異にして適切でないから、いずれも刑訴法四三三条の抗告理由にあたらない。

しかし、職権をもつて調査すると、原決定が確定した事実によれば、申立人を被告人とする大阪高等裁判所における職業安定法違反、横領被告事件の昭和四三年一〇月一四日の第一回公判期日には、申立人は出頭せず、国選弁護人のみ出頭して、公判を開廷審理し、弁論を終結したうえ、第二回公判期日(判決宣告期日)を同月二八日と指定告知し、右第二回公判期日には、申立人および弁護人ともに出頭しなかつたがそのまま判決の宣告をしたこと、申立人は、右第一回公判期日には適法な召喚状の送達を受けたが、第二回公判期日には、召喚はもちろん公判期日の通知も受けていなかつたというのである。

ところで、刑訴法二七三条二項は「公判期日には、被告人を召喚しなければならない。」と規定し、第一回公判期日のみならずすべて公判期日には被告人の召喚を必要としている。そして、右規定は控訴審にも同法四〇四条により準用されているが、ただ、控訴審においては、同法三九〇条によつて、同条但書の場合を除き、被告人は原則として公判期日に出頭を要しないとされ、公判期日に召喚されても出頭する義務を負わない。しかし、被告人は公判期日に出頭する権利を有するものであるから、控訴審における被告人に対する公判期日の召喚は、結局、公判期日を被告人に通知し、出頭する機会を与えることを意味するものと解すべきである(昭和二四年新(れ)第五一九号同二七年一二月二五日第一小法廷判決、刑集六巻一二号一四〇一頁参照)。そして、控訴審において公判期日を被告人に知らせることなく開廷し、実質的な審理を進めることは、被告人の防禦権の行使に支障を与える場合もあり、また、それが判決宣告期日の場合には、民事訴訟事件のように、判決の送達日から上訴提起期間が進行する(民訴法三六六条一項、三九六条参照)のと異なり、判決宣告の日から右期間は進行し、しかも、控訴審においては判決のあつた事実を被告人に通知することは必要とされていないから、被告人に上訴する機会を失わせるおそれがある。したがつて、控訴審において被告人に公判期日の通知をすることなく、被告人が出頭しないまま公判を開廷することは刑訴法二七三条二項に違反し、たとえ、それが判決宣告期日の場合であつても、同様であると解すべきである。

そうすると、申立人に対する前記被告事件の控訴審として、大阪高等裁判所がした前記訴訟手続には違法があつたものといわざるを得ない。右違法があつた結果、申立人は判決宣告の事実を知り得ず、そのため上訴の提起期間内に上訴をすることができなかつたものと認められるので、申立人は、自己または代人の責に帰することができない事由によつて、上訴権の行使を妨げられたものというべきである。

そして、申立人が、別件の刑の執行猶予の言渡取消請求に対する求意見書の送達を受けることにより、判決宣告のあつた事実を知つた日から刑訴法三六三条に定める期間内に、本件上訴権回復の請求をしていることは、本件記録および当裁判所に係属中の申立人の申立にかかる昭和四四年(し)第一二号刑執行猶予言渡取消決定に対する抗告棄却決定に対する特別抗告事件の記録に徴して明らかである。

してみると、申立人に対する控訴審の訴訟手続に所論のような違法は認められないとして、本件上訴権回復請求を棄却した大阪高等裁判所の昭和四四年一月九日付の決定およびこれを維持した原決定には、刑訴法の解釈をあやまつた違法があり、これを取り消さなければ著しく正義に反すると認められるから、同法四一一条一号を準用して、これを取り消すべきものである。

よつて、同法四三四条、四二六条二項により、主文掲記の各決定を取り消し、本件上訴権回復請求を許容すべきものとし、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり決定する。(石田和外 入江俊郎 草鹿浅之介 長部謹吾 城戸芳彦 田中二郎 松田二郎 岩田誠 下村三郎 色川幸太郎 大隅健一郎 松本正雄 飯村義美 村上朝一 関根小郷)

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